「想像力」(「妄想力」)がエロさを育てる!?



さて、今日はエロさっていうのは、つまるところ「想像力」なのではないか、という事についてです。

セックスの快感は、勿論カラダあってのものだけど、実はそれは脳が感じているものですよね。

だから、ものすごく乱暴に言ってしまうと、脳の神経のヒダが少ないよりは脳細胞が発達している方がより一層感度が敏感だし、エロチックでもあるという事になります。


(・・・ここで一応断っておきますが、ただ精力ばかりが絶倫で「やれれば穴があったら何でもいい」というだけの、人間離れした犯罪者的なケースは、この場合除いて考えます。)


妄想力というのは、とりもなおさず想像力のひとつですから、これが劣っているないし働きがニブイ人は、やはりセックスにおいても当然それが裏目に出ると言えます。


たとえば、フェラひとつ例にとっても、この裏筋を唾液で滑らせて、丁寧に舐め上げていったらもっと気持ちいいんじゃないかとか、少し角度を変えたり、舌の表面を平らにして先端を包んでみながら、唇に強弱つけてみてはどうか、等と色々工夫したり考えたりする訳です。

その間、絶えず五感を研ぎ澄まして、相手の反応や感じ方をそのつど、感じ取ります。

こういう手指や唇や皮膚感覚も、要は脳で感じ取り、それを瞬時に判断して大胆ながらも繊細な性の快感へとつなげていき、お互いの快楽を極めていこうとするのが、セックスという行為です。


しかるに、最近「草食系男子」なるものが横行し、(今や「塩系男子」なるものまで現れているらしいがw)とにかく、セックスに興味があまりない、良くも悪くも「無性」的な若者がはびこっている世の中になって久しいのですが・・・。

これは、それだけが原因とは言いませんが、ひとつには、幼少時からインターネットやDVDなどを見慣れてしまっているからじゃないかと思います。

モザイクもかかっていない「モロ映像」を、ネットなんかでは無料で見れたりするサイトがいまや、探せばいくらでもあったりします。

映像というものは、一目瞭然見たままズバリなのが身上ですから、そこには「想像力」を広げる余地は、たとえば文字だけのメディア媒体である小説や、人から聞いた話などよりは、はるかに少ない・・・というかもっと言えば、あまりない訳です。

「性」にもっとも過敏で興味深々で多感なはずの年頃に、そういう洗礼を受けてしまうというのは、ある意味ツマラナイし、下手をすればそのまま分かったつもりで、実践に及ぼうともしない不感症人間になってゆく可能性大なのではないか・・。

ひいては、人の痛みにも喜びにも不感症な人間になるだろうというのは当たり前で、果たしてその先にあるものは何なのか、どういう世界なのか、ちょっとコワイ気もしますが・・・。

(・・・とは言え、二次元でトンデモナイ「妄想」を脳内に繰り広げちゃってるアブナイ場合もあるかな・・ww;)

けど、生きた生身の相手を前にして、セックスという行為に耽り、快楽にまでのぼりつめてゆくには、やっぱりちゃんと生きて機能してる感度のいい脳あってのものだと思うんです。

「想像力」・・・すべての人間の営為の根源は、これなくしては始まらない訳ですから、大変端折って言っちゃうと、エロなくしては語れないんですね。

ちなみに私の原動力は、子供の頃からいつでも「エロさ」を求めるという事から湧きおこっております。

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